東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)97号 判決
一 原告請求原因一および二の事実(特許庁における手続経過および審決の内容等)は当事者間に争いがない。
そこで以下、本件審決に原告主張のような取消事由があるかどうかについて判断する。
(本願発明の技術内容)
二 先ず本願発明の技術内容についてみるに、当事者双方の主張およびその成立に争いのない甲第六ないし第一〇号証の各記載によると、本願の発明は、その特許請求の範囲の記載からも明らかなように「液中に対向して設けた電極間の放電による放電圧力を利用する」、放電圧力利用加工装置に関するものであつて、この装置を前提とし、その電極材料に、アルミニウム、マグネシウムおよび炭素など比重三以下の軽電極材料を採用したことを特徴とするものであつて、本願の発明は、この電極材料をいろいろと研究した結果、アルミニウムあるいはマグネシウムのような比重三以下の軽電極材料を用いると、鉄や銅を用いる場合に比べ、格段に高い圧力を得られる装置とすることができるという点にある。
そして、別紙図面は、本願発明の明細書添付の図面であるが、その第一図の記載によると鉄あるいは銅を電極とした場合は一平方センチメートル当り約二、〇〇〇キログラムの圧力を得ることができるのに対し、アルミニウムの場合には同じく一平方センチメートル当り約四、八〇〇キログラムの圧力を、すなわち、前者の約二倍半の圧力を得ることができるとされている。(もつとも、明細書の発明の詳細な説明の項においては、その数値が、前者は一二〇キログラム、後者は四八〇キログラムとあつて、一けたの相違があり、この場合には約四倍の圧力を得ることができるとされていて、この点いずれが正しいのか判然としない。しかし、いずれにしてもアルミニウムの場合の方が銅の場合より二倍以上の圧力が得られることがわかる)。
しかも、右第一図のカーブの示すところによれば、比重三のところを境として、圧力を示す数値が相当急に上昇していることが認められる。
もつとも、被告は、本願発明が、六つの実験例を示しただけで、比重三以下の電極材料と規定することについて疑問を提出しているが、本件審決において拒絶の理由となつているところは、この点ではなく、審決の示した二つの引例をもつて拒絶しうべきかどうかが本件の争点とせらるべきものであるから、本訴訟においては、この論点には触れない。
(引例について)
三 そこで本件審決の挙げた二つの引例(この両者とも本願前公知のものであることは原告もこれを争つていない。)についてみるに、その成立に争いのない甲第一号証の一ないし三の記載によると、第一引例は本願発明の前提となつている放電圧力利用加工装置を示すものであり、本件審決がこれを引用した趣旨もこの点にあることは明らかであるが、この第一引例には、使用されている電極材料について何ら示すところがない。
ところで、第二引例に記載されたところについてみるに、その成立に争いのない甲第四号証の一ないし四によれば、昭和二五年克誠堂出版株式会社発行、鳳誠三郎著「電気接点と開閉接触子」第一〇六ないし第一〇八頁の記載のうちに、「火花電極消耗の研究」と題して、エチルエーテルの液中で、各種金属を電極材料として火花放電を行なわせ、電極消耗量と原子量との間に一種の周期性が現われることが報告されている。
そして、供試金属材料は前記第一〇七頁の第四一表に示されているが、これによるとタングステン、銅、黄銅、アルミニウム、銀、ニツケル、白金、亜鉛、アンチモンおよび鉛の一〇種であるが、右のうち比重三以下のものはアルミニウムだけである(この点は、当事者間に争いのない事実である。)。
(本件審決の判断について)
四 そこで、本件審決の判断当否についてみるに、前記のように、本願発明は放電圧力利用の加工装置であることを前提とするものであり、第一引例はこの前提となる装置そのものに関するものであつて、それ以上を出ないから(現に、原告も、本願発明は、この第一引例を改良したものである旨主張している。)、結局、本件においては、第二引例に記載されたところから、放電圧力利用加工装置に使用する電極としてアルミニウムを採用することが容易に考えられるというべきか否かが間題とされるべきである。
ところで、第二引例においては、「アルミニウムを電極材料の一つとして用いられる」という技術内容は示されているが、単に、このことだけのことであれば、弁論の全趣旨からも、原告も敢て争わないところとみてよいであろう。
しかし、同じ電極といつても、その用いられる機構において、どのような作用効果が期待されるかによつて、その選択の方向を異にすることはいうまでもない。
第二引例における電極は、開閉器の接点として用いられるものであるから、回路を開閉するたびに消耗するものであるとはいえ、常時良好な接触を保ち、電流の通過に支障のないことが要請されるから、その消耗はできるだけ避けられなければならないのである。
ところが本願発明の圧力装置は、その本来の目的が高い圧力を得ることにあり、電極の消耗の問題は無視しうるばかりでなく、その消耗によつて高い圧力が得られるとすれば、開閉器の接点の場合とは反対に、消耗するものの方が望ましいともいうことができる。
このようにみてくると、第二引例は、接点材料としての電極に関する研究であり、これから、本願発明のような特殊な種類に属する装置の電極材料を容易に推考できる,とはいうことはできない。
なお、被告は乙第三号証を挙げて、放電加工における例からみるも、アルミニウムを電極として使用することが当業者にとつて容易であると主張する。しかし、放電加工と放電圧力装置とは、衝撃電流を使用する点では一致するであろうが、両者の目的とその作用とは全く異なるものである。従つて放電加工にアルミニウム電極が使用されるからといつて、それから直ちに放電圧力装置にアルミニウム電極を用いることが容易であるとの結論を導くことはその間に飛躍がありすぎるというほかはない。従つて、乙第三号証をもつて、被告の前記主張を立証するための資料とすることはできない。
結局、第二引例の存在することによつて、本願発明の放電圧力利用装置にアルミニウムを電極材料として用いることが容易に考えられるとすることは相当でないというの外はなく、この点において本件審決の判断は誤まつているといわなければならない。
五 以上のとおりであるから、審決引用の第一および第二の引例から本願発明は当業者が容易に推考できるところとして、その発明の進歩性を否定した本件審決は失当というの外はなく、とうてい取消を免れない。